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2006年3月25日 (土)

歌舞伎座三月 昼の部

歌舞伎座 三月大歌舞伎 昼の部

1 吉例寿曽我 鶴ヶ岡石段の場/大磯曲輪外の場

1階の最前列ほぼど真ん中という、まさにかぶりつきの席だったので、浅黄幕の上の方にL字型のツギハギがあるのもハッキリ見えてしまった。どこかに引っかけてビリッと破けてしまったところや、道具方さんがチクチクとお裁縫をしている場面を想像して、なんだか楽しくなっちゃった。ひとつひとつの道具を手入れしながら長く使い続けることも大切だよね。

幕開きは亀三郎・亀寿兄弟で、2人ともよく通る声だし台詞回しもなかなかだし、いつのまにかもう子役だなんて言えなくなっちゃったなぁ。調べてみたらお兄ちゃんの方は昭和51年生まれってことは、え~っ! 今年もう30歳?! ビックリ。中村屋の兄弟と一緒で弟の方は線が細いけど、お兄ちゃんは丸顔だから、白塗りの奴姿はそのまま五月人形みたい。

次の対決は愛之助・進之介。愛之助はこのところ他流試合もこなすようになったし、貫禄さえ感じさせ、ますます仁左衛門に似てくるような気が…。低い声の進之介が敵役の側で顔も砥の粉に塗り、高い声の愛之助が善人方で白塗りと、ピッタリの対比になっている。進之介は、台詞こそ頼りなさげではあるけれど、立ち回りになると意外の上出来。表情もよかったし、ひとつひとつの形を丁寧に見せていた。平舞台上でさんざん立ち回りをした後に石段での見せ場に移っていく。この間が長すぎて、捕手もかからずひたすら2人で刀を振り回しているだけなので、完全にだれてしまう。でもそのあとに、2人が石段上で絵面に決まった状態のまま、がんどう返しに客席がわき、舞台は真っ白な富士の裾野に一変する。

十郎・五郎は信二郎・翫雀で、
翫雀は 「雨の五郎」 の扮装をしている。松也の梶原源太も亀鶴の秦野四郎も背が高いから、我當の工藤がやけにちんまり見えてしまう。芝雀の大磯の虎、家橘の化粧坂少将、吉弥の喜瀬川と華やかに並んで、朝比奈には男女蔵。ひとりひとり簡単な渡り台詞だけで終わってしまうから、幕が降りた後、後ろの席で 「ただズラリと並んだだけ?」 という声がした。曽我狂言は、単なる様式だからねぇ。

2 義経千本桜 吉野山

最前列ど真ん中の席だというのに申し訳ないけど、ところどころ意識が飛んでしまった。だって忠信が幸四郎なんだもん … って、理由になってないか。ただ、バランスって大事だなぁ、と思った。幸四郎と福助とが並んだ時点で、静御前に付き従う忠信という位置関係が逆転してしまう。幸四郎が偉そうなのか福助が萎縮してしまうのか分からないけれど、そのアンバランスが妙な違和感になる。

静御前の衣裳がいつもと雰囲気が違って素敵だなぁ、と見とれてしまった。あとで筋書を見ると、五代目福助のモノクロの写真をもとに最新の技術を駆使して色を再現し、柄もなるべく忠実を心がけたそうな。技術の進歩で遠い昔がよみがえるって、すごい。

藤太は東蔵。この人の三枚目はいいなぁ。ラストに花道から忠信が藤太に投げた笠がドロップしすぎて拾えず、あやうく舞台から落ちそうになった。藤太は最後の見得にこの笠を使うから、もし落ちたら拾ってあげないと、なんてどうでもいいことを考えている間に幕が閉まり、狐六法の引っ込み。やっぱり少しは愛嬌がほしいよなぁ…。

3 菅原伝授手習鑑 道明寺

十三代目仁左衛門の追善がもう十三回忌だということにまず愕然とした。もうそんなに経ってしまったなんて。現仁左衛門が初めて菅丞相を演じた際には、どうしても十三代目と較べてしまって、十三代目が積み重ねてきた年輪の重さを強く実感したものだったけれど、今ではもう当代の菅丞相しか知らない人も多いんじゃないだろうか。孝太郎の苅屋姫に秀太郎の立田と身内がそろい、芝翫の覚寿、富十郎の輝国、芦燕の土師兵衛、段四郎の宿禰太郎、歌六の奴宅内が脇を固める。実に見応えのある一幕で、それぞれの心情が十分に伝わってきて、切なかった。常に平常心を保とうとしている道真が花道で苅屋姫を振り返り、一瞬、なんともいえない表情を見せる。他の場面ではほとんど目を開くこともなくじっとしているだけに、この一瞬が強く印象に残る。派手さはないものの充実していていい追善になると思ったのだが、終演後、「何がなんだか分からなかった~」 という声が多く聞かれた。確かに、前後を知らずにこの幕だけを見ると、まったく話が通じないから訳が分からないだろうなぁ。実にもったいない! 

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