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2006年4月21日 (金)

第22回 四国こんぴら歌舞伎大芝居 第1部

さて2日目。10時開場のところ9時から並んで、西桟敷席1番の大きな升の最前列に陣取る。ワクワク。

仮名手本忠臣蔵

 - 五段目 山崎街道鉄砲渡しの場/同 二つ玉の場

海老蔵初役の勘平、市蔵の定九郎、緑三郎の与市兵衛に、秀調の弥五郎。

山賊姿でも美しい海老蔵。ここでは台詞の難はそれほど感じられない。そうそう、こういうふうに普通に喋ってくれればいいのに。

定九郎の血がうまく流れず、腿の上にボタボタと固まってしまい、イマイチ美しくなかった。事前に霧吹きで腿の辺りに薄く水をかけておくと、口にふくんだ血のりの袋から落ちた血がきれいに流れるそうだ。今回はその水が少なすぎたのかもしれない。朝の客席は全体的に静かで、定九郎が出てから倒れるまでの間、一度も拍手が起こらないのが残念だった。(自分もひとりで拍手する勇気が出なかったんだけど)。

前の晩、ホテルで秀調さんと楽しくオシャベリしたものだから、キリリとした弥五郎の姿を前にしても、つい夕べを思い出してしまう不謹慎ぶり。同じく昨日、観劇前に楽屋にお邪魔した三味線の野澤松也さんも、この幕は義太夫が出語りではないので簾内でお姿を拝見できないのが残念。

 - 六段目 与市兵衛内勘平腹切の場

海老蔵の勘平、亀治郎のおかる、升寿のおかや、右之助のお才、新蔵の源六、秀調の弥五郎に家橘の郷右衛門。

この幕の海老蔵はあっぱれだった。台詞も気にならなかったし、姿のいいのは言うまでもなく、仇討ちへの真摯な思いも十分に伝わり、舅を殺してしまったと思い込んでいる間の怯えたような表情が痛々しく、とてもいい勘平だった。

おかるも上出来で、亀治郎、すごいぞ。この興行中、文句のつけどころが一切なかった。升寿のおかやがまた、とてもとてもいい。老役払底の昨今、貴重な存在のひとり。本興行でも演じる機会がますます増えそう。新蔵の源六は初役かな? まだちょっと慣れていない感じで、たとえば助五郎、もとい山左衛門のような軽妙な味わいで笑いを誘うところまではいかないけれど、血気にはやる感じはよく出ていた。右之助、秀調、家橘いずれも手堅く、脇をしっかりと固める。家橘はこの一役のみなのね。もったいな~い。

 月雪花名残文台 (つきゆきはななごりのぶんだい)

 - 上 浅妻船

烏帽子・水干姿の白拍子朝香として登場するのは三津五郎。赤姫の衣裳をまとう三津五郎がとても新鮮。手踊りから鞨鼓、鈴太鼓を手にして、楚々として、しっとりと、品格の高い踊り。踊りにうとい素人にもその力量が分かる。

 - 下 まかしょ

男性から女性に、女性から男性にと変わる変化舞踊はいろいろあるけれど、赤姫の姿から願人坊主に変わるという、その発想がすごい。願人坊主といえば富十郎がよく踊る 『うかれ坊主』 がまず頭に浮かぶが、こちらは雪景色を背景に白装束。鼻の下をちょび髭のように青く塗っているので、見かけはひょうきん、動きは端正。愛嬌もたっぷり。

よく出る 『うかれ坊主』 で比較すると、誰もがそれぞれ軽妙に踊る中で、富十郎はブンブンと音がするような勢いがあって、菊五郎はどこか動きが重いように感じることがあり、それに対して三津五郎は、体重すらも感じさせない流麗さがある。この 『まかしょ』 でもその魅力を十分に見せてくれた。

総     括

2日間、心から堪能した金毘羅大芝居。客席がわくのはなんといっても海老蔵で、辛口の劇評家にはケチョンケチョンに酷評されてしまいそうな点がいくつもあるのに、すべて許せてしまう美貌とスター性で他を圧倒していた。それを三津五郎が素晴らしい踊りでしっかりしめくくる。全体的な構成もよかった。あらためて金丸座という劇場の魅力を再認識。そもそもこのサイズの小屋を前提として作られた芝居なのだから、本来の味わいに近いはず。ああ、できることなら毎年行きた~い!

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第22回 四国こんぴら歌舞伎大芝居 第2部

久々の金丸座に心躍らせ、4月16日に東桟敷席で第2部を、翌17日に西桟敷席で第1部を観劇した。観た順に、まずは第2部から。

浮世柄比翼稲妻 (うきよづかひよくのいなづま)

 - 浅草鳥越山三浪宅の場

この小さな小屋に、あちこち雨漏りのする長屋はまことにふさわしく、だからこそ花魁道中がよく映える。こんな長屋に花魁道中が、というギャップが歌舞伎座よりもことさらに強く感じられて、初演当時、同じような長屋に住む人たちや、住んではいなくとも長屋が身近な存在だった人たちは、この長屋にもあんな花魁が来たら…と想像するだけでワクワクしたんじゃないだろうか。金丸座では憧れの江戸にタイムワープしたような気分で芝居を楽しめるので、歌舞伎座では普段考えもしないようなことに気づかされることがままある。

この小屋は、ほの暗い照明が女形を常以上に美しく見せる。それを差し引いても、亀治郎がとてもいい。時に演技過剰になったり前に出すぎたりすることがある人だが、顔のあざを気にする下女お国を慎ましやかに、山三への忠義と恋心をいじらしく演じる反面、傾城葛城では華やかさと芯の強い女性を描いて見せた。

三津五郎の山三は、騒ぎ立てる借金取りにも動じることなく、荒れた長屋にいながらまるでお殿様のように堂々としているのがおかしく、周囲のドタバタなどどこ吹く風、山三の周囲だけが別の空気に包まれているかのよう。雨漏りを避ける盥の視覚的なおかしさとあいまって、なんともチグハグなのが楽しい。

 お国を悩ませる悪心の父親、浮世又平には秀調。善人のイメージが強い人だけに若干弱い気もするけれど、さすがに手堅い。又平と組む遣り手のお爪を演じる右之助とともに、ベテランの味。

 又平とお国が声高に言い争い、毒酒にもがき苦しんで果てはともに死に絶えるまでの騒ぎが隣りの部屋にいる山三に聞こえないはずはないのだけれど、まぁ、そこは芝居ってことで。

 - 吉原仲之町の場

まず幕開きに舞台の華やかさに客席がわき、天井のすのこから客席全体に、桜の花びらが降るわ降るわ。雰囲気が十分に高まったところで、舞台上の両花道から、西に三津五郎の山三、東に海老蔵の不破が登場すると、たちまちの大歓声。東の桟敷席だったから目の前を海老蔵が通るのに、惜しいかな、深編笠で顔が見えない~! 

山三の衣裳の水浅黄が三津五郎には特によく似合う (他には梅玉。この2人、似合う役も割とよく似ているような…)。対して不破は黒地に雲の稲妻とド派手で、この好対象も歌舞伎美のひとつ。二人が深編笠を取った瞬間の歓声がすごかった。客席のボルテージが一気に上がる。ところが、海老蔵の台詞がいただけない。ところどころ何を言ってるのか分からないぐらいにワヤワヤで、姿がいいだけに残念でならない。でも眼力(ガンリキではなくメヂカラ)の強さは圧倒的で、もうそれだけでいいや、と思わせてしまうところがなんとも。

茶屋女房姿で2人をとめるのも亀治郎。ここでも控えめで好ましい。ちなみに、亀治郎が演じた傾城の名前 「葛城」 は、ワープロでも 「かつらぎ」 で出るし日常的にも舞台でもそう発音されているけれど、正しくは 「かずらき」 で、能では本式にそう読むそうだ。ひとくちメモ。

隣りの升席に外国人の若い男性がいて、専属の通訳をつれているのだけれど、通訳の男性もプロではないのかあまり慣れていない様子で、しかも歌舞伎を観るのは初めてとのこと。問われるままにあれやこれやと説明をしたのだけれど、吉原で太夫を張る花魁と女郎や夜鷹のような存在の違いを通訳の人もよく分かっていないのに、外国人の彼の方が詳しかった。日本が大好きでいろいろ勉強しているらしい。鞘当のあと、「あの2人はこれからどうなるのか」 と質問された。そうだよね。歌舞伎は完結しないで終わっちゃうから。

色彩間苅豆 (いろもようちょっとかりまめ) かさね

「色彩」 で 「いろもよう」 はともかく、「間」 ひと文字で 「ちょっと」 と読ませるところがすごい、と観るたびに思う。

海老蔵の与右衛門は、まさに目も覚めんばかりのイイ男。ああ、こんな男になら殺されてもいい、と思ってしまうぐらいの凄みがある。ただ、ここでも台詞がまったくダメで、いつぞやの光源氏ほどではないものの、やたらに変な作りこみをしていて不自然極まりない。惜しいなぁ。殺し場は迫力満点で、ここでも彼の眼力が生きて、思わずため息が出るほどなのに、そのままで終わらせてくれないのが最近の海老蔵。かさねの怨霊に連理引で引き戻された後、一瞬、引き戻す力が消えると途端にスタスタと、済ました顔で、ロボットみたいな動きで歩き出すものだから、そのたびに客席から笑いが起こる。まるでギャグ。こんな連理引、観たことな~い! それでも、連理引の間、何度も桟敷席のすぐ目の前を行ったり来たりするものだから、客席は大いにわいて、結局は台詞の難さえ許せてしまう。美貌の強みだねぇ。

亀治郎はこの役もヒットで、一気に株を上げた。

でもこの芝居、ストーリーとしては複雑なので、この場だけを観ると何がなんだか分からない。外国人の彼はもちろん通訳さんも???の状態だったので、川を流れてきたしゃれこうべは与右衛門が殺したかさねの父親のものだと説明して、ようやく分かってもらえた。かさねの着物のモミジの柄は血の見立てだということも説明してあげればよかったな。

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