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2006年5月 8日 (月)

四月歌舞伎座 昼の部

六世中村歌右衛門五年祭/六代目中村松江襲名披露/五代目中村玉太郎初舞台

満開の桜が咲く中に雪が舞う日に大成駒が旅立ち、早五年…。芸養子であった東蔵の息子が松江となり、その息子が玉太郎として初舞台を踏む。

狐と笛吹き

北条秀司作。もとは滝沢修と杉村春子で放送されたラジオドラマだという。歌舞伎での初演は昭和27年7月歌舞伎座で、寿海と歌右衛門。数々の演目でコンビを組んだ二人のスタートとなった作品。

「詩情あふれる名作」 と筋書にあるが、考えてみるとすごい話だ。妻のまろやを亡くした哀しみから抜け出せずにいる春方に命を助けられた母狐が 「春方をなぐさめるように」 と娘の狐をまろやに生き写しの姿で春方のもとに遣わす。やがて二人は愛し合うようになり、「契りを交わせば命がない」 という母狐の教えを破り、狐のともねは死んでしまう。行為に及べばともねは死んでしまうかもしれないと承知していながら、突進してしまう春方って。しかも節会の笛師の選にもれた絶望に酔いつぶれたあげくの出来事で、春方はそのまま狐を抱いて湖に入水しようと姿を消してしまうのだから、周囲は絶望のあまり自殺したとしか考えようがない。笛師に選ばれた親友の秀人はたまらないだろう。

前回、染五郎が春方を演じた時には、やけに生々しくてなんだか後味が悪かったのだが、梅玉だとそんな感じがしないのが不思議。清々しささえ感じるのだからすごい。でも、まろやとともねを演じた福助は、この芝居には合わないと思う。まろやへの嫉妬からまろやの着物を子供たちにあげてしまう場面で、どうして笑いをとる必要があるのか。他の場面でも感情過多になりすぎて、生々しさが増してしまう。

高  尾

高尾の亡霊が現れ、廓勤めの辛さを訴えた後、四季の廓の情景を描く華やかな踊りとなり、続いて間夫を待つ身の切なさを語り、最後は地獄の責めの苦しみを語って幕。… というのはすべて筋書からの情報で、ほとんど動きのない雀右衛門の踊りからはそんな物語はまったく浮かび上がってこなかったのだけれど、それでもいいと思ってしまう。歌右衛門の追善に雀右衛門が踊る。それだけでいい。

沓手鳥孤城落月

幸いなことに、平成7年4月の歌舞伎座で歌右衛門の淀君を見ている。翌年、雀右衛門も演じているが、あまり合わない気がした。それ以降は芝翫でしか見ていない。歌右衛門の淀君は執念の塊で、芝翫の方は意地ずく。なんとなく恨みの質感が違う気がする。

国生の裸武者。丸々太ってプクプクだし身長もまだ小さいから、まるで五月人形に魂が入って戦っているみたい。同じく戦いに加わる小姓の中に、子役から梅玉の部屋子になった梅丸クンもいて、こういう小さい子たちが相手だと、刀の位置も下がるわけだから、回りは戦いにくいんじゃないかしらん、と心配になったけど、国生くん、階段落ちも立派にやってのけた。

勘太郎の秀頼がいい。左團次さんの内膳、東蔵の修理、松也の千姫、秀太郎の局。

関八州繋馬 小蝶蜘

初めて観た。それもそのはず、昭和45年6月に歌右衛門が演じたきりだ。父に続いて如月姫を演じる魁春は、隈をとるのも初めてだという。

天下転覆を企む役なんて、仁左衛門には珍しい。頼光ならぬ頼信に菊五郎。仁左衛門と菊五郎の顔合わせも新鮮。『土蜘蛛』 より派手だし、登場人物も多くて豪華さもあり、なかなか新鮮だった。もっと上演されてもいいと思うなぁ。





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