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2006年10月28日 (土)

十月歌舞伎座 夜の部

■ 仮名手本忠臣蔵 五段目

昨日の昼の部の最初の幕間ですでに定九郎に扮する海老蔵の舞台写真を購入していたため、姿のいいのは分かっていたけれど、勘平を演じるのも二枚目の代表のような仁左衛門だから、世代の異なる二枚目ぞろいで、もう見ているだけで極上の目の保養。権十郎の千崎もすでに手慣れていて、短い幕ながら充実していた。

但し、「今月の忠臣蔵は与市兵衛とおかやがねぇ…」 という前評判どおりで、松太郎の与市兵衛は、単に慣れていないせいなのか、この場の与市兵衛の台詞は脚本の都合上どうしても説明的になってしまうにもせよ、たどたどしく心もとなかった。五十両の金包みを捧げ持っている間がやけに間延びして、まるで上から定九郎の手が伸びてくるのを待っているようだったのは、海老蔵との息が合わなかったのだろうか。

与市兵衛が殺されてからの定九郎にはもう目が釘付け。二つ玉を受けて息絶えた後も、すでに花道から仁左衛門の勘平が出てきているというのに、鮮血に染まった真っ白な足から目を離せなかった。魅せ方を知ってるんだろうなぁ。昼の部は真紅の衣裳がよく映えて、夜の部は漆黒の衣裳でたっぷりと魅せてくれる。凄い。

■ 仮名手本忠臣蔵 六段目

菊之助のお軽はしっとりと大人びて、仁左衛門の勘平との間に年の差を感じさせない。魁春のお才も祇園で大勢の芸妓を仕切っている女将の貫禄や風情があり、今月の魁春は三役ともクリーンヒット。女衒の源六は松之助で、昼の部の梶原に続く抜擢。一生懸命が裏目に出て必死になりすぎて、亡き松助さんのような軽妙さはないけれど、何度か演じているうちに持役になりそう。

仁左衛門の勘平は、五段目に続く狩人の衣裳に松嶋屋の柄を配し、その後に着替える紋服も音羽屋型の浅黄より萌黄がかって新鮮な印象。単に口跡がよいだけでなく、たとえば 「色に耽ったばっかりに」 という名台詞も、まず 「色」 と口に出して不破・千崎の手前をはばかり、一瞬、恥じ入るような怯えるような視線で不破を見上げる間があって、あらためて言い直すというような工夫があって、やることなすことが行き違ってしまう勘平のやるかたない心情がビンビン伝わってくる。腹を切った後のすでに視点が定まらない目もとても印象的だった。前後するが、お軽がいよいよ立ち去ろうとする寸前に呼び止め、思わず抱きしめる場面では、これが二人の今生の別れと分かっているだけに、ついつい涙してしまった。もう何度も何度も観ている芝居なのに泣けちゃうんだものねぇ。

五段目に続く権十郎の千崎も、勘平のことを思えばこその非道への憤りをストレートに表していて、貫禄たっぷりの弥十郎の不破とともに十分な重みでこの幕を支えていた。そう、ここまではいいのよ、ここまでは。

前評判どおり、与市兵衛以上に辛口にならざるを得ないのが家橘のおかや。筋書で自ら 「おかやが駄目ならあの一幕は駄目です」 と語っているが、残念ながらそのとおりになってしまった。夫を殺され、娘を売り、勘平にも死なれてひとり残されてしまうあわれな老婆なはずなのに、たとえば勘平を責め立て、むせ返って勘平が背中をさすろうとするのをはねつける場面とか、他にもいくつかの場面で客席から笑いが起こってしまう。観客が芝居に入り込めていない証拠だろう。入り込もうにも入り込めないのだ。もともと柄でないのは筋書でも本人が認めている上に初役だから仕方ないことではあるけれど、台詞や段取りでいっぱいいっぱいで気持ちがついていっていなかったように思う。次の幕に吉之亟が出ていて、吉之亟がいるのにどうして! と思わざるを得なかった。切実に二人の役を取り替えてほしかった … なんて、ここまで言っちゃうと失礼かしらん。周りがとてもよかっただけに残念で仕方なかったんだもの。

■ 梅雨小袖昔八丈 髪結新三

これも前評判は厳しかった。そしてそのとおりだった。この芝居は、初鰹の売り声とともにさわやかな薫風が長屋を吹きぬけていくようなスッキリとした味わいが大切だと思うのだが、いかんせん、最初から最後まで空気が重くて暗い! 陰々滅々とした湿気がじっとりと肌にまとわりついてくるような不快感。なんなのこれはっ!

別に幸四郎の新三が特に変わったことをしているわけではないし、十蔵の勝奴に段四郎の源七、弥十郎の大家に鐵之助の女房と脇もそろっている。高麗蔵のおくまと門之助の忠七だって悪くない。幸四郎に対する苦手意識を払拭しようと頑張っている最中でまだ克服できてはいないものの、私が耳にした前評判は必ずしもアンチ幸四郎の人ばかりから聞いたものではないから、客観的にみてもやっぱり不思議な新三だったのだろうと思う。また、幸四郎という人は決して口跡が悪いわけではないのに、役によってはひどく聞きにくい発声をすることがあって、大詰めの閻魔堂橋での斬り合いも、この場の新三の台詞はむしろ聞かせどころのはずなのに、やたらと長く感じたし、半分ぐらいは何を言っているのか分からなかった。もし意図的に発声を工夫した結果なのだとしたら失敗と言わざるを得ない。自分の苦手意識を反省する意味もあって、過度に辛口にならないように心がけているつもりでも、どうしても褒めることができない新三だった。

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2006年10月26日 (木)

十月歌舞伎座 昼の部

芸術祭十月大歌舞伎

今月20日に中村源左衛門さん逝去。享年72。支度の早い方で、夜の部の幕切れまで舞台に出ていらしたはずなのに帰りの日比谷線でご一緒になったことも何度か。真っ赤なスタジャンとか、ピンクのシャツにベージュのチノパンとか、いつも若々しいお姿が印象的だった。つい助五郎さんと言ってしまう。新しいお名前がまだピンと来ないうちに逝ってしまうなんて。人一倍お元気な方だと思っていたので今でも信じられない。合掌…。

■ 芦屋道満大内鑑 葛の葉

魁春初役の葛の葉。赤姫姿と石持ちの女房姿の二通りを見せるので、若い頃は赤姫ばかりの時期もあったけれど、いつのまにかしっとりとした女房姿の方が似合う役者さんになったんだなぁ、としみじみと感じ入ってしまった。情愛の深さが自然ににじみ出てくるのがいい。狐の姿もとても狐らしいというか、どこか凛としていて、形がとても美しかった。

保名を勤める門之助も初役。涼しげな風姿で、おっとりとしたところもあるのがこの役によく合っている。やわらかみのある二枚目。

庄司夫婦は錦吾と歌江で、いずれも手堅い。芝居の決まりごとなのか老けとして演じているけれど、娘の年齢から考えるとまだ40代か、せいぜい50代の初めではないのかしらん。

保名が童子の母を追っていき添い遂げるとすれば、許婚を狐にとられてしまった葛の葉姫は…。6年も待ち続けた人がすべてを承知の上で自分より狐を選ぶなんて、女性としてはかなりショックだろうなぁ。

幕切れに狐の引っ込みがつく。やっぱりこれがないと。最初から鼻から下だけ狐の面をつけるやり方もあるけれど、今回は普通に女房の姿で出て、源九郎狐のような真っ白い狐の姿に変わる手法。手ろうそくの薄明かりに白い毛が映えて美しかった。派手ではないけれど、しみじみと満足。

■ 寿曾我対面

團十郎の工藤に菊之助 ・ 海老蔵の十郎五郎という極上のご馳走のような一幕。たまたま最前列のド真ん中だったので、團十郎が高座に上がる前に挨拶する場面も、いきり立つ五郎を十郎が制止する場面も、まさに真ん前の至近距離だったのでドキドキしてしまった。五郎が十郎に制止され、「分かってるよ」 とでも言いたげな表情をする。その時の海老蔵の目の動きがちょっと流し目みたいで、なんだか不思議な印象だった。工藤への恨みを荒事で見せる場面の力強さは圧倒的。真紅の衣裳が若い二人によく映える。

キレイどころの大磯の虎と化粧坂少将には田之助と萬次郎。円熟の味わい。権十郎の朝比奈は持ち役のひとつになりつつあるけれど、ちょっと堅い。力が入りすぎちゃうのかなぁ。小藤太に市蔵、八幡三郎は男女蔵で、顎を引いてどっかりと座っている時の男女蔵が左團次さんと同じ表情! 決して顔がそっくりなわけじゃないんだけど、雰囲気がとても似てきた。

梶原父子に松之助と新蔵というのは大抜擢? この一幕の眼目が役者の顔ぞろえにあることを考えるとちょっと弱い気もする。あと、並び大名のうち筆頭の寿鴻だけが不自然に白い顔で、奇異に感じた。… なんだかアラ捜しみたいになっちゃったけど、こういうストーリーどうこうでなく、しかもよく出る演目って、ついつい雑念が…。

■ 一谷嫩軍記 熊谷陣屋

この幕はどうしてこうよく出るのだろう。上演記録を見ても、歌舞伎座でかからない年はほとんどない。何度見ても、どうしても好きになれないんだけどなぁ。熊谷をやるのが誰であっても。

相模は芝翫。夫の帰りを待ちながら、ほうっ、とため息をつく。どの相模もここでため息をついただろうか。なんだか新鮮だったのだけれど、見落としていただけかもしれない。高麗蔵の軍次と魁春の藤の方には、すっかり持役となった安定感がある。

弥陀六は段四郎。くっきりと刻み込まれた皺に違和感がなく、年老いてもなお武士の気概を失っていない力強さが目にあって、まだ2回目とは思えない。すっかり手に入った役のようだった。老け役がどんどん少なくなっていく中、この人もますます役割が重くなっていく。

幸四郎の熊谷。この芝居で一番気になるのは最後の 「夢だ…」 の台詞で、吉右衛門は感極まって思わず口をついて出る、というような抑えた言い方をしていたと思うのだけれど、幸四郎の今回の熊谷はこの部分がほとんど絶叫に近い大音量。それはちょっと違うんじゃないかと思った。確かに見せ場には違いないけれど、違和感の方が強かった。

■ お 祭 り

文句なしのいい男! こんな鳶頭が街中を歩いていたら、すれ違っただけでも惚れちゃいそう。ただスッキリしすぎている感もあって、酔ってる雰囲気は薄かったかな。先代勘三郎なんかはビデオで見てもお酒の匂いがぷ~んと漂ってきそうだったけど。

新七さんはじめ若い者たちの動きもキビキビと気持ちよく、華やかな幕切れ。

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